「中村照夫と仲間たち2~エイズ・アウェアネスということ」、レッド・シューズ・ファンデーションと共催  | 石弘之・元ザンビア大使 |
2008年4月17日、東京 - レッド・シューズ・ファンデーションと世界銀行情報センター(PIC東京)は本日、テレビ会議セッション「芸術の力~エイズ・アウェアネスということ」と中村照夫トリオによるスペシャル・ライブを共同で開催しました。4月14日から2週間におよぶイベント「中村照夫と仲間たち2~エイズ・アウェアネスということ」の一部で、宮下明義写真展を同時開催しました。 午後5時からのテレビ会議セッションでは冒頭、早稲田大学平山郁夫ボランティアセンターの学生が製作したエイズ啓蒙活動の報告ビデオを放映し、ウィルス研究を専門とする澤田滋正・日本大学医学部教授と元ザンビア大使・元北海道大学教授の石弘之さんが、最先端の医学研究の見地から人類はエイズなどのウィルスを克服できるのか、感染症や地球温暖化・気候変動など地球規模の課題に立ち向かうには個人がどのような価値観を持つ必要があるのかなどについて基調報告を行いました。続いてニューヨークを拠点に音楽・芸術活動を展開するベース奏者・プロデューサーの中村照夫さんが45年前にアメリカに渡った頃の経験談や、なぜアーティストがエイズをはじめ社会問題を語りつづけるのかなどについて話した後、2006年に日本大学で行われたエイズ・アウェアネス・コンサートから中村照夫&ライジング・サン・バンドのライブ録画を放映しました。  | 中村照夫ベース、青木弘武ピアノ、 村上寛ドラムス(写真木村四郎) |
最後にテレビ会議および音声で参加した大阪大学(吹田キャンパス、中之島センター)、神戸大学、岡山大学、山口大学、立命館アジア太平洋大学、国際金融公社(IFC)香港事務所、世界銀行ニジェール事務所、国際協力機構(JICA)ブルキナファソ事務所、東ティモール・ディ遠隔研修センターから質問や感想・意見などが出され、テレビ会議を締めくくりました。大森功一・世界銀行東京事務所広報担当官が司会を務めました。 午後7時からは会場を世界銀行情報センター(PIC東京)に移し、中村照夫トリオ(中村照夫ベース、青木弘武ピアノ、村上寛ドラムス)によるスペシャル・ライブが行われ、60名以上が集まりました。昨年11月26日にPIC東京で行われた中村照夫トリオによるライブに出演したドラム奏者の植松良高さんも飛び入り参加し、富国生命ビルの1階ロビーを通る帰宅途中に足を止めて演奏に聴き入る人も多くいました。  | 澤田滋正・日本大学医学部教授 |
テレビ会議セッションの会場の東京開発ラーニングセンターとライブ会場のPIC東京には、中村照夫さんとレッド・シューズ・ファンデーションによるエイズ・アウェアネス・コンサートの模様を撮影し続けてきた写真家・宮下明義さんの作品もあわせて展示されました。 中村照夫さんは45年前に単身で渡米し、アメリカの音楽シーンの第一線でベース奏者・プロデューサーとして活躍しています。日本では毎年HIVエイズを巡る社会問題への関心が高まりが求められる一方、先進国で唯一、HIV感染者が増加しています。中村照夫さんは、様々な人種が集まるニューヨークで、人種の枠を超えてジャズを演奏してきた経験、ミュージシャンなどの友人たちがエイズで命を落としていく現状から、差別、偏見、社会問題の解決のために社会的なシステムの枠を超え、個人で社会に目を向け、社会に関わる意欲を持つ必要性に気づきました。そこで「アウェアネス(気がつくこと、知ってとらえること)」の機会として、毎年日本で、アジアやアフリカなど途上国や日本でのエイズの現状に関する専門家の講演とジャズ演奏を行うコンサートを12年目連続で開催してきました。昨年は、世界銀行とも協力して、国連大学ウタント国際会議場でも公演を行いました。  | 60名以上がライブに集まった(写真木村四郎) |
関連リンクレッド・シューズ・ファンデーション  宮下明義写真展、PIC東京で始まる(4月11日) 国連大学ウ・タント国際会議場でのエイズ・アウェアネス・コンサート(2007年12月2日) 中村照夫と仲間たち~エイズ・アウェアネスのための絵・写真・音楽の展覧会(2007年11月26日) Art of Peace (GDLNウェブサイト 今週のストーリー) 
 | Photo by : Akiyoshi Miyashita |
宮下明義写真展2008年4月14日(月)~25日(金) 土日閉館 場所 世界銀行情報センター(PIC東京) 中村照夫によるエイズ・アウェアネスのための演奏活動を撮影してきた写真家・宮下明義の写真展。
宮下明義 紹介1970年 ニューヨークにてジャズと出会い、数多くの ミュージシャンとフォトセッションを行う。帰国後も、フォトセッションを継続しつつ大手企業の広告写真に携わる。一方、近年は造形物の撮影にも活動の場を広げている。

芸術の力 ~ エイズ・アウェアネスということ2008年4月17日(木) 午後5時~9時30分 第1部 テレビ会議セミナー 午後5時~6時30分場所世界銀行東京開発ラーニングセンター 富国生命ビル10階
なぜアーティストがエイズをはじめ社会問題を語りつづけるのか、最先端の医学研究者から見て人類はエイズなどのウィルスを克服できるのか、感染症や地球温暖化・気候変動など地球規模の課題に立ち向かうには個人がどのような価値観を持つ必要があるのかなどについて、テレビ会議で国内外を同時中継し、ディスカッションを行います。 スピーカー中村照夫 × 大森功一 世界銀行東京事務所広報担当官 澤田滋正 日本大学教授・日本大学練馬光が丘病院内科部長 石弘之 前北海道大学教授・元ザンビア大使 デブレワーク・ゼウディ 世界銀行グローバルHIVエイズプログラム担当局長 (ビデオスピーチ) 他
第2部 エイズ・アウェアネス・ライブ 午後7時~9時30分
場所世界銀行情報センター(PIC東京)
演奏中村照夫トリオ ベース 中村照夫 ピアノ 青木弘武 ドラムス 村上寛
場所世界銀行情報センター(PIC東京) 東京都千代田区内幸町2-2-2 富国生命ビル1階(ロビー) 開館時間:午前10時~午後6時(土日閉館) www.worldbank.org/ptokyo 地下鉄三田線内幸町駅、日比谷線・千代田線・丸の内線 霞ヶ関駅下車
問合せ先世界銀行情報センター ptokyo@worldbank.org03-3597-6650
レッド・シューズ・ファンデーション アーティスト& スピーカー 紹介中村照夫 (プロデューサー、ベーシスト) 1942年東京・神田生まれ。22歳で渡米、ハーレムで伝説の巨人たちからジャズの心を学ぶ。70年代後半からザ・ライジング・サン・バンドを率い、「マンハッタン・スペシャル」などがビルボード誌のジャズトップチャートでトップ10入り。ニューヨークを拠点にプロデューサーとしての活躍も目覚しく、エイズの流行で多くの有能なミュージシャンの生命が失われていった現実に接して、96年6月、マンハッタンで最初のエイズ・アウェアネス・コンサートを開き、大きな反響を集めた。第24回南里文雄賞を受賞。
宮下明義 (写真家) 1970年 ニューヨークにてジャズと出会い、数多くの ミュージシャンとフォトセッションを行う。帰国後も、フォトセッションを継続しつつ大手企業の広告写真に携わる。一方、近年は造形物の撮影にも活動の場を広げている。
澤田滋正 (日本大学医学部教授、日本大学練馬光が丘病院内科部長) 昭和18年東京都生まれ。43年日本大学医学部医学科卒業後、渡米。同49年から同54年までサンフランシスコの病院でインターンレジデントを務め、自己免疫病の研究を行なう。平成3年より日本大学医学部付属練馬光が丘病院へ。血液膠原病内科で研究・教育・診療にあたる。平成4年同病院副院長、同9年医学部教授。自己免疫病の発症にかかわる新遺伝子の発見が国際的に評価され、同18年イタリアで開催された国際自己免疫学会に評価され、同年イタリアで開催された国際自己免疫学会にて招待講演。また同年、「平成18年度(第1回)日本大学医学会有賀賞」を受賞。
石弘之 (前・北海道大学公共政策大学院教授、元ザンビア大使) 1940年東京生まれ。東京大学卒業後,朝日新聞社入社。東京本社科学部次長等を経て85年より編集委員。1996年東京大学大学院教授、2002年駐在ザンビア特命全権大使。現在、北海道大学公共政策大学院教授。この間、ニューヨーク、ナイロビなどに駐在。世界約130カ国で取材・調査・講演活動。国連環境計画(UNEP)上級顧問(在バンコク、ナイロビ)、国連開発計画(UNDP)上級顧問(ニューヨーク)、東欧環境センター常任理事(ブタペスト)、国際協力機構(JICA)参与、通産省産業構造審議会委員、運輸政策審議会委員(環境部会長)、持続可能な開発のための日本評議会(JCSD)議長等をつとめる。英国ロイヤル・ソサエティ(RSA)会員。
青木弘武 (ピアニスト) 1953年滋賀県大津市生まれ。大坂音楽大学卒業後、大坂、神戸を中心にプロデビュー。1980年上京。都内のライブハウスを中心に、全国の有名ホテル及びライブハウスで公演を行う。そのピアノは楽しく、ファンキーにドライブし、リリカルなバラードプレイは高く評価を得ている。また、ヴォーカルのバッキングにも定評があり、スウィングジャズとクラシカルなピアノに、女性ファンも多い。活動は著名なミュージシャン、ヴォーカリストとの共演のみならず、和太鼓、中国の竹笛などアジアの楽器との共演も試みる。1998年、初のリーダーアルバム『ウェディング』をリリース。
村上寛 (ドラムス) 1948年東京生まれ。1967年 本田竹広(pf)トリオで活動を始める。菊池雅章6、菊池・ゲイリー・ピーコック・トリオ、渡辺貞夫カルテット、菊池雅章クインテットに参加。その間、マル・ウォルドロン、ジョー・ヘンダーソン、山本邦山など内外のミュージシャンとアルバムを発表。1978年~81年、ネイティブ・サンで活動し「ネイティブ・サン」「サバンナ・ホットライン」など5枚のアルバムをリリース。その後、ザ・カルテット、フォー・サウンズで活動、レコーディングも行う。1994年、インドのJAZZ YATORAに自己のグループで出演。ケイ赤城、佐藤允彦、峰厚介、増尾好秋、穐吉敏子などと数多くのセッションで活動している。
レッド・シューズ・ファンデーションは、伝承音楽としてのジャズを中心に多様な芸術の力に触れ、「楽しみ・感じる」機会を多くの方々と共に持ち、HIVエイズ問題をはじめ、人々の生活に大きく影響する様々なテーマの「アウェアネス(気付いていること、自覚、認識、心・意識性)」を提唱するコンサート・イベントを開催する任意団体です。 2007年は「レッド・シューズ・ファンデーション エイズ・アウェアネス・コンサートツアー2007~愛する人の事を考えました」を、国連大学ウタント国際会議場(12月2日)、防衛大学校アリーナ(横須賀 12月3日)、東京タワー cafe Lounge THANK (12月4日)、日本航空学園 (山梨 12月5日)で行いました。
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